2012年 02月 01日
正確に言うと「うまれた家」ではない。
我が家の兄弟姉妹達は、同じ産院でうまれている。
そして産まれたときから、その家に暮らした。
ぼく自身は、その家に高校を卒業するまで暮らしている。
高校を卒業した年に、父親がなくなった。
その遺体が最後に眠っていたのも、その家だった。
若い頃の思い出のほとんどは、その家でつむがれていった。
大学を出た時に、母がその家を出て、祖母が一人暮らすようになる。
その祖母も、昨年97歳を迎えている。寅の生まれ。大正3年。
一人暮らしも足を痛めてからは、ままならなくなる。
とうとう、去年から施設で暮らし始めた。
「うまれた家」をとうとうたたむ時がきた。
形あるものは、いつかはなくなるときが来る。
わかってはいるけれど、さみしい気持ちはあふれ出る。
仏壇も、あたらしい小さな命が生まれた家に引っ越して、
小さな虎姫が、おおきな声をあげる家にある。
「まんまんちゃん」をまいにち拝む小さな命。
「うまれた家」がたたまれた日も、小さな姫がかわいく拝んでいた。
ありがとう、「ちいさいおうち」。
我が家の兄弟姉妹達は、同じ産院でうまれている。
そして産まれたときから、その家に暮らした。
ぼく自身は、その家に高校を卒業するまで暮らしている。
高校を卒業した年に、父親がなくなった。
その遺体が最後に眠っていたのも、その家だった。
若い頃の思い出のほとんどは、その家でつむがれていった。
大学を出た時に、母がその家を出て、祖母が一人暮らすようになる。
その祖母も、昨年97歳を迎えている。寅の生まれ。大正3年。
一人暮らしも足を痛めてからは、ままならなくなる。
とうとう、去年から施設で暮らし始めた。
「うまれた家」をとうとうたたむ時がきた。
形あるものは、いつかはなくなるときが来る。
わかってはいるけれど、さみしい気持ちはあふれ出る。
仏壇も、あたらしい小さな命が生まれた家に引っ越して、
小さな虎姫が、おおきな声をあげる家にある。
「まんまんちゃん」をまいにち拝む小さな命。
「うまれた家」がたたまれた日も、小さな姫がかわいく拝んでいた。
ありがとう、「ちいさいおうち」。


